昭和47年4月30日 朝の御理解
                          中村良一
御理解 第96節
「世の人があれこれと神のことを口端にかけるのも、神のひれいじゃ。人の口には戸が閉てられぬ。先を知ってはおらぬぞ。いかに世の人が顔にかかるようなことを言うても、腹を立てな。神が顔を洗うてやる。」



去年の秋の頃でしたか。北九州青年教師会で、ここで、教師会の信心実習会が、一泊二日、ここで泊まらせて頂いてからの実習会がございました。講師を、私にと言うことでごじましたから、ちょうど、前日に三時間あまり、それから、二日目に、また三時間あまり、それに、質疑応答やらがあったのも加えますと、やっぱ、相当な時間になっておりましたが、全部、収録されておったのを、ちょうど、西岡さんが、十三時間かかって、全部、一冊のノートにまとめておられました。で、その時から、あの、これを是非、活字にしたいからと言うて、津村会長先生が言うておられましたが、先日から、急に、あれをその、まとめてくれと言う電話が、ここの先生にあっとったそうです。
ちょうど、昨日、私共が、ですから、それをほんなら、もう一遍目を通しとこうと言うので、しておるときに、また電話が掛かってまいりましてから、とにかく急いで頂きたいという様な事だった。ちょうど、今、こんな風で、まぁ、やっておるからと言うので、まぁ、一両日うちに、印刷屋のほうに廻せれる様にしておく。けれども、それをまだ、原稿用紙にあげると言うことになると、また、それこそ、十何時間掛かるわけになる。随分な、単行本にでも致しますと、随分、こんなに厚い本になる訳ですね。それを、あの、昨日、ちょうど、敬親会でございましたけれども、敬親会の方達にも、三時ぐらいまでで、私の話を切り上げて、それから、三時から、私と、ちょうど西岡さんが、昨日、帰って見えとりりましたから、西岡さんと若先生と三人で、若先生の部屋で、それの読み合わせと、それからまた、誤字などがあったり、ちょっと、差し障りがあったりするような所は、のかさなければいけないという様なことで、その、それを致しましたらね。ちょうど、今朝方、二時半まで掛かりました。まぁ、それでからもう、本当に思いますねぇ。好きな事というのは、一つも疲れんです。もう三人の、ちょうど、そんなような、勝手が十時ぐらいからだったでしょうか。高橋さんが見えましてから、高橋さんも、それに参加してもらってでございましたから、四人ででございましたけれども。
もう、本当にあの、少しばかり読んでは感動し、感動し、信心の共励しながらです。なんと言う素晴らしいことだろうかと言うほどしに、私も感動致しました。えー、それが、ちょうど、十一時間半かかった。その、ぶっ通しやりよる。それで、今朝方、済んでからお風呂頂いて、休む時には、もう、三時近くでございました。それでまた、三時半に起こさせて頂いたけれども、本当に疲れはない。好きなものというのは、好きな事、いや、好きな事では出来ませんね。いや、幾ら好きだからと言うて、ほんなら、お芝居なんかを、終日なんかでん、見ますとしますか。そら大変疲れますよ、好きな事でも。けれども、それがね。ずーっと、感動が感動を伴うておるからなんです、疲れないのは。時間を感じないんです。いや、四五時間でんかかったじゃろうかと、私が言いますと。ぞうたんのごと、三時から始めて、もう二時半ですよ。ちょうど、十二時間、今、掛かっとりますよと言う。私も、ちょっと驚きました。けれども、本当にこの、喜び一杯になすという事が、そのように大変な、いうならば、疲れも時間も感じないほどしの事になるという事なんです。
私の出生のところ、いわゆる、生まれたところから、話が起こされまして、幼年時代、少年時代、いわゆるその、色々な難儀に直面し、無い命を何回も助けて頂いたり。または、周囲の信心の雰囲気というか、そういう雰囲気の中に育てられて、青年期に入り、そして壮年に入り、そして今日、ちょうどここの、御造営が着手、ここの所、それから、最近、合楽で言われておるところの信心で締めくくってあるのです。もう本当にもう、それは、まるきり本を読む様にですよ、ね。どうしてこういう言葉が、ここで、こういう風に、しかも後で考えてみて、こらちっと、後先なっとるごたるち言う様な所でも、読んで行きよると、ちゃんと、締めくくりが出来ておって、そうでなからなければ、かえって、それの方が、こう印象深く聞いてもらえるといったような風に。しかも、秋永先生、久富繁雄さん、久保山茂さん、高橋さんでしたか。そういうその、実証者があるわけですね。
例えば、私の、福岡の修行中時代の話をする時には、今そこに、秋永委員長がおりますが、あの人がこうですと。私がお話の中に、久富さんの話が出てくると、あの、うちの総代がこうですと言う風にもう、実証付けながらね、お話をしております。ね。そうしてです。私は、今日、この九十六節を頂いてですね。もう本当に、いよいよ、素晴らしい事だなぁと思います。ね。もう、あれをですね、一冊の本になりましょうが、一冊の本を、もし皆さんが、全教の人達が読まれたら、だからこれが、全教的な刊行物になるわけですからね。九州の青年教師が出すわけですから。ね。
もう、それこそ、合楽の事を、どの様に、例えば、言うておった人であってもです、ね。なるほど、こうあるべくして、こうなったんだと言う事を、誰でも合点のいく様にです。もう、それこそ、よどみなく、その事が話になって出ております。色々と、取り沙汰された、言うならば、悪名高かった、言うなら、椛目、合楽ですね。椛目時代、そして、合楽に参りましてからの、もう、これは、どんな、例えば、まぁ、今でも随分、まぁ言うならば、何て言うでしょうかね。色眼鏡で眺めておるという人もあるし、また、それを、そうしておる、まぁいうなら、軽蔑しておる人達もありますけれども、あれをもし、読まれたならば、合楽が、いよいよ、見直されるだろうと、私は思います。もう、最後の所には、最近の金光教の信心が、社会に布教する金光教は、こうあらなければならない。言うならもう、全教の、言うならば、全教の、言うなら意表に出ると言うか、ものに対して、まぁ、叫びかけておるという感じの所で終わっております。ね。今までの信心は、今までで良かったけれども、これからの信心は、合楽で言っておる、この生き方でなからなければいけないと思いますという様な事なんですね。そして、本当に、私は、あの、御道の信心者、または、先生方が読まれたら、ほんなこつ、こら合楽のことが、ほんなこつと言われる様にです。合点がいくように、もう、それこそ、素晴らしい表現で話してある。それこそねぇ、話そうとして話されることじゃないと、ね。そして、ほんなら、この九十六節をです、ね。今日、頂きましてから、なおさらそれを思うんですよ。
神のことを口端に、もうそれこそ、まぁ、申します、悪名高かった合楽が。ね。それは、枝にも葉にもならんような事が取り沙汰されて、いわゆる、合楽の真髄というか、いう様なものが分かっていなかった。そこでほんなら、私がです。合楽では、こう言うとりますよ。こうですよと言うて、その時分に、赤面弁慶になって、私が、言うて回ったり、話して回ったってですね。今日の御理解の所です、ね。神が、顔洗うてやると仰る、それがね、いよいよ、実現されるときには、私は、金光教の信心の中に、また、新しい新風が巻き起こるような感じが致します。分からせていただく、分かってもらって、しかも、最近、黙って治めるという事なのですけれどね。その、二十年間、それを、黙っておったという事。ほんなら、ここで、他所の先生が、まぁ、例えて言うならば、あの、ここの(?)の信徒会長であるところの平田さん辺りが見えて、もう本当に、この頃、八幡の町の先生が見えてから、もう、うちに見えて、月に一回づつかなんか、お話においでられる。もう、来てお話になることは、最近はもう、徹頭徹尾、合楽の事ばっかりだち言う、平田さんが言われるのは。ね。
ほんなら、その平田さんがです。ほんなら、私がその、青年教師会で話しておりますようなことは、一遍も平田さんに話した事も無いことばっかりです。そういうところに、また触れようともなさっておられませんけれどもです。ね。ほんなら、合楽びいきの人達ですらが、まぁだ、合楽の真意真髄には触れていないと言う事をです、ね。ほんなら、合楽は、こんな立派な信心。しかも、こういう雰囲気、こういう環境の中に、合楽の信心が育って、いわゆる、中心であるところの、私の信心が、なるほど、これなら、良い信心が生まれるはずだというような事がね。まぁ、合楽の信心が説き明かしてあるわけです。ほんなら、今の素晴らしい信心が説き明かされるじゃなくて、そういうものが、生まれるべくして生まれたんだと言うような事が分かるんです。前日なら前日辺りの、そのお話を聞かせて頂いておりますと。もう、私共三人が、何べんも、途中で、止め止めしながらです。本当に、なんと言う素晴らしいことだろうか、素晴らしいことだろうかと言うて、感動しながら、あのそれを、読み終わらせていただいた。ね。
求められても要らんというのじゃないですよね。例えば、子供なら子供にです。あげんあって欲しいと言う。いいや、もう、だんまりだから言わん。ね。お父さん、本当に言うて下さいと。けども、その中に、若先生が言うです。その話の中からですね。本当に、僕の信心は、今これで、初めて、若先生があんなことを言いました。お話の半ばに。僕の信心は、本当は、こうなんですけれども、これで良いのでしょうかと。ここは、どうでしょうかと言うて、いわゆる、親子の信心共励が、その中に出来て。私は言わぬけれども、ほんなら、求めてこられれば、そら先生、例えば、今ね、あんたの部屋に白ありが出来てる。二階も、この頃から、納戸のほうから出てきたかと思うたら、今度はこちらの、四畳半のほうから、あの、沢山な白ありが這い出てきたとこう言う。ね。例えば、そういう、こういう様なことはね。例えていうならば、あの、ね。まぁだ、新築してばっかりの家から、白ありが出る。ただ、白ありが出たから、早うこの白あり退治ばせんならんというだけじゃいくまいがて。私が言う信心は。どげん考えてもです、例えば、ほんなら、合楽の二代を、継がなければならないあんたが、ね。そら、形の上だけは立派にしとるけれども、一遍に、がさっと、いうならば、中は空っぽになってしもうとったと言うような事に、なりかねないぞというようなです。自然の働きを感ずるなら、あんた、今、考えとるように、そこんところを、もう少し綿密にやっていかなければいけんのじゃないかねと言うて、そういう話まで出来た。ね。だから、幾ら私が、黙っとると言うて、皆さんでも、そうですよ。ね。本当に、真剣にですね、言われるならば、私は、それは、幾ら言わんと言うても、お話を、お話というが、そらこうじゃない、あぁだと言う事だろうと、こう思いますよね。そこはあんた、間違えよるよと。そういうような働きまで、その中にありました。
感動の、言うなら、し続けで、十一時間半という時間をです。昨夜、過ごさせていただいて、今日、この九十六節を頂いて、ね。神様が、どうでも言わせよう、語らせよう、話させよう。そして、しかもこれがです。全教に、私が、言い訳ではなくてです、ね。合楽で青年教師会が持たれて、青年教師で、こうして、大坪が話したことがです、ね。いうならば、いうなら、合楽の信心を語ることになった。私の信心を聞いてもらうことになった。そして、聞いておる、ほんなら、改めて私がです。これならば、どんなに、いうならば、色眼鏡で見ておった人でも、どんなに、いうならば、枝葉にも付かんような事でも言うておる人でも、みんな合点が行くだろう。そして、なるほど、こういう生き方が本当じゃなかろうかと。また、思わせて頂けるような内容を持ったお話であった。
如何に、世の人が、顔にかかわるようなことを言うても、いちいち、そらこうですばいと言うて、いわゆる、黙って治めてきた。いうならば、二十何年ぶりにです、それが、明るみに出ようとしておる訳です。合楽の信心が。ね。ただ、えらいあそこは、ゴヒレイが立つげななと言ったような見方は、もう、言うなら、全教の人達が見てますよ、合楽と言うたら。ね。
この頃、上方の先生が、あの見えまして、大祭の後に、九州に行きたいと。そして、ゴヒレイの、現在たっておる教会というなら、どこどこの教会廻ったらよかろうかと言うて、本部で聞かれた。そしたら、本部で、本部教庁の職員の方が、今、九州に行かれるなら、もう、合楽に行かれる事だと、こう言われた。ね。高宮辺りも、なかなか、きりっとしたゴヒレイを頂いておられる。まぁ、高宮と合楽でしょうと言うた。だから、高宮にじゃない、合楽に一番口に見えられまして、帰りに、甘木に寄らせて貰うて、高宮に寄って、また、今晩の飛行機で帰りますと言うて帰られた様にですね。合楽という、ただ、ゴヒレイを頂いておるという意味でならば、もう本当に、全教の中で、みんなが知らんものは無かろうと思われるくらいに、ほんならば、まぁ、いうならば、有名になっておるけれども、その信心の内容に触れておる者は、誰も居ないと言うこと。もう、合楽の皆さんだけです。だから、皆さんは、いつも触れておられるから、それがほんなら、どのくらいの程度のものかという事は分からんけれども。私自身、昨日、その、いうなら、私の半生記とでも申しましょうかね。私の五十八年間の、私の信心の歩みというものがです。しかも、前日は、三時間かけて、私の、幼年、少年期の信心の、いうなら、情操的なところから、私の信心が、かく育ってきたと言うような話が、三時間に渡ってしてあります。もう、これなんかは、もう、そこ読んだだけでですね。なるほど、ここに、良い信心が育たないはずは無いと言うようなものを感じさせるようなものでしたですね。なかにも、私が、お話しとりますように、あまり皆さんが、熱心に聞いて下さるから、少し時間を超過したと言うような事で、最後に閉めておりますけれども。本当に、皆さんが、一生懸命になって聞こうとしてのお話だったんです。ね。
二十何年ぶりにです。いうならば、神様が、顔を洗うて下さる事になる訳です。それでこら、どうでも記念祭の記念品、御直会として、これを一つ、単行本にして、これをあの、いうなら、先生の信心の、もうこれは、皆さんにも聞いていない話が沢山出てくるんですよ。ね。ですから、に、したいと言う、話にまで、なりましてね。おそらく、そういう事になるだろうと、こう思います。原稿がこんな風で、しっかりして来ましたからね。本当に、合楽の信心を、合楽の信者の内部の者が、改めて、再認識させていただける感じで、私自身が、感動し続けよって、昨日、おかげを頂きました。
ちょうど、その半ばでございました。えー、正義さんがやってきました。今頃、もうあんた、お広間しもとったろたいというたら、はぁ、今日はその、ちょいと、大変な広大なおかげを頂いたからと言うて、やってまいりました。山本に、採石場があるんですね。その山の泥を、ここに、ずっと、この泥を運んだり、また、持ってきたりしておられる、現在の久富建設が、佐野工業から、請けて仕事をやっているわけです。で、そこがですね。もう皆さんも、恐らく、今朝の新聞に載ってくるでしょうけれどもね。何とね、山がね、二反部埋まった、二反部、二反部を埋め尽くす様な泥が崩れたたそうです。それがね、もう、あちらのダンプ、車がです。もう、ほんなもう、紙一重の所だった。だから、向こうのダンプカーとかが、その、泥で埋まっちゃった。まぁ、それでね。それを掘り起こすとでも大変だったどうですね。頭はもう、びっちゃげとる。腕は切れとるち言うごたったそうですよ。そら、本当に、そういうごとある、それがもう、ほんなもう、あの、正義さんところの運転手はもう、ほんな紙一重で、免れとるもんですからね。それを、なんか、いつもなら、まだそこに、ぐずぐずしとるとだそうですたい。けど、その時に、昨日だけは、ちょっと、よけておるところじゃった。それでもう、呼んだら、がたがたがたがた、震えが止まらなかった。そして、ここにも、ずっと来よります、あの、ひげを立てた運転手さんがおりますよね。その人は、ここまで埋まっとった。ね。もう本当に、話を聞いて、震えがたつような話でした。ね。そのような中にです、ね。もう、本当にあの、勿体ない広大なおかげを頂いて、ま、事故にあわれた方は、本当に気の毒だけれどもね。また、どうぞ、後々のこともというお願いで、昨日はまぁ、ちょうど、私共が、そうした半ばに、そういうお礼お届けがございました。帰った後に申しました。本当に、行き届いた信心をしとかんならんねぇ、ち言うてから、日頃。ね。
例えば、そういう様なです、例えば、奇跡的なおかげの話も、たくさん出ております、そのお話の中に。ね。そして、それが、どういうような、合楽の場合は、奇跡的なのが、どういう様な形で現れて、どういう様な信心から、それが生まれるという様なね。大体の注文は、私の信者時代のお話をという事であった。だから、結局、私の信者時代ち言うなら、私が生まれてから、子供の時からの信心をずっと、語るより他に無いといいながら、その中に、もう、急所急所に、もう、ずっともう、取次ぎ者にとっては、どうでもあの、話ておかなければ、また分からなければならない事が、私の体験を通してですね。お話が進められておる。
そこで、私は思います。正義さんの例が出ましたけれども、ね。善導寺の方達が、久富建設の親父さんは立派な人だと。人物が間違わんと、ね。あれが、合楽の、いわば、信心をしとられるげなと、言うならば、正義さんのことを、とやこう言う者は、悪う言う者はおらん。とにかく素晴らしいと、人物を褒めるもの、・・。まぁ、そりゃ、その、いやね、御釈迦さんのこつでん、悪う言う奴は、悪う言うとじゃけん。そん、あるかも知れんけれどもです。大体、正義さんの、日頃の行き方、行いと言うものがです。それこそ、門内の人でも、知っとる限りの人が、あっちは立派な人だと、信任を受けておるということ、ね。そこで、例えば、ほんなら、そういう、まさかのような時でもです。そういう例えば、奇跡的なおかげも頂くわけ。そん時にも、昨日言っておりましたが、もう本当に、最近あの、色々な仕事の上に、もう本当に、間一髪というところで、おかげを頂く、その事も、昨日は、私はついでに、まぁ、親先生にお届けはしとりまっせんばってんと言うてから、色々、その次の話を聞かせて頂いてですね。本当に、さもありなんです。ね。あんたの広める信心が、それを産んでいくのだと、という事に、合楽の信心も、言うなら、みんなが、あのような、あのようなち言うと、ばさらか出来とるごたるけれども、ただ、そういう素晴らしいと言う信心なんです。だから、それがまだ、大きく育っていかなければ、ほんなこっじゃないですよね、合楽の場合は。だから、これから、限りなく育っていくことだろうと思うです。ね。それが、いよいよ、大きく、豊かになっていかなければ、おかげのほうも豊かに大きくなって行かんもん。ね。けれどもです、ね。合楽の信心は、もう、誰からでもです、ね。とやこう言われるような信心であっては、もう、ならないと言うことなんです。ね。
あぁ、金光さんの信心じゃ、あそこの幹部ぎなばってん。あれがしとることはだらしがない。なかなかずるい。まぁ、私も、例えば、そういう、その、詐欺一歩手前といったような商売でもさせていただいとったのを、もう、赤裸々にね、はなしてあります、中に。ね。けども、もう、合楽の信心はです、今、言う、言うなら、全国にです、合楽の信心が問われて、そしてみんなに、なるほどと、合点して貰えるほどしのものになったのですから、合楽の信者の一人ひとりがです、ね。言うならば、信心のない人達からでも、後ろ指、指されるようなこつがあっちゃならんでしょうが。ね。合楽の信心な大きい、金光様の信心な大きい、ね。
例えていうならば、ね。デパートのものを、黙って持って来たっちゃ、ね。天地の親神様の眼からご覧になると、御物と分かってするならば、問題じゃない。けども、人間である以上はです。やはり、人間の法に触れなければならんから、人間が、そこに、まぁ、罰したり、いけない事としておるけれども、神様の目からご覧になれば、デパートにある品物でも、神様の御物だから、あっちからこっちへ持ってきたばっかりじゃから、それで良いじゃないかと言ったような事も、説いてありますようにですね。合楽では、そういう説き方もも致しますでしょう。ね。けれどもほんなら、これからの合楽の信心は、もう、そげなことじゃ出来んという事です。ね。二十年間経って、今日の合楽の信心は、誰が見てもです。信心のない者がみても、正義さんの例じゃないけれども、あの人は立派じゃなぁと、金光様の信心、合楽に参りよりなさるが、なるほど違うと、こら、私は、他の業者から聞いたことですけれども。業者間でも、もう、これで通っていると言う話です。ね。だから、正義さんが言われる事ならば、いわばあの、通るち言う訳ですよね。言うなら、その、我情我欲が、誰よりも少ないわけです。ね。そして、自分中心だけじゃなくて、言うならば、信心を元にして、言うたり、行うたりするのです。ね。
私の話の中に出てくるが、とにかく、もう、人が十銭儲けるなら、十一銭儲けるとが、おかげのごと思うとった。御用さえすりゃ、良かごと思うとった。そういう事がです、ね。ほんなら、もう、合楽の信者の中には、あってはならないと言うこと。ね。人が、あれこれ言う様な、いわゆる、神様のゴヒレイに傷をつける様な事が、もうあってはならない。今までは仕方がなかった。けれども、ここに、全国に問われようとしておるのですから、それが。言うならば、言い訳するわけじゃないけれども、そう話さなければならない事になって、話しておることが、期せずして、合楽の信心を語っておるのですから。しかも、なるほど、合楽の生き方が、いわば、本当だろうと思わにゃおられないような説き方がしてあるのですから。中で、おかげを頂いておる信者の中にです、ね。人から、後ろ指でも指されるような信者があってはならないと言う事をです。お互いが、ここんところを、一つ、しっかり頂いていただかなければならんと、こう思うのです。ね。今までは、合楽全体がです、ね。それこそ、それは、色眼鏡で見とるからですけれども、ね。とやこう言われてまいりましたけれども、もう合楽の場合は、とやこう言う者が無くなるだろう。そんなら、信者の一人ひとりがです、ね。信心のある者やら、ない者からでもです。なるほどと、合点の行かれるような、言うなら、正しい信心とでも申しましょうか。言うなら、ある意味で、信心が身に付いたとでも申しましょうか。そういう信心に、ならせて頂かなければです。また、またです、ね。あげん言うばってん、合楽のあれば見てみれち言われるような事になったんではです。ね。いよいよ、神様に対して、相すまん事になるのです。ね。場合によっては、ね。それこそ、神の事を口端にかける。
私が、不行状であったならばです、ね。信心しよるけども、あぁ言う不行状のことで良かかと、人から言われるような事がです。もうあってはならない、これからの合楽の信心にはと言うことになるわけです。せっかく、ここに、顔を洗うて頂こうとしておるのでございますから、ね。お互いも、そういう思いで、そういう信心を、いよいよ、身に付けて行って頂きたいと思います。どうぞ。